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    その当時は差したることでもないように思っていたが、翌年の春になっても痛みが本当に去らない。それが打身のようになって、暑さ寒さに崇たたられては困るというので、支配頭の許可を得て、箱根の温泉で一ヵ月ばかり療養することになったのである。旗本といっても小身しょうしんであるから、伊助という仲間ちゅうげんひとりを連れて出た。

    間もなく房一は別れを告げ、庭前で又馬の前に立つて二三の話をし、相沢の家を立去つて行つた。相沢のやうな家を患家に持つことは、十軒もの小患家を得たに匹敵すると、ひそかに満足しながら。そして、今日のもてなし方から考へると、医者として十分好意を与へたにちがひない、といふことにも満足しながら。

    盛子のお腹では、もう胎動がはじまつていた。

    「それあ、さうだらうなあ。なんしろ広い海のこつた!――ねえ、君」

    徳次はいつのまにか腕組みをしていた。あのあてずつぽうな、そゝつかしい、力りきんだ様子が現れていた。

    と、房一の近くで云ふ声が聞えた。今泉らしかつた。つづいて同じ声が

    「いや、それが――」

    「やっぱりチブスで?」

    私はもともとヌル湯好きで、いつまでつかっても汗のでない程度が好きだ。

    ――「おれみたいな息子ができるとは、全くどうかと思ふよ」

    「もうこんなに暗くなつているのにね、何してるんでせう」

    熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。

    この時、練吉が又小耳にはさんで訊き返した。が、明かにそれはさつきの小耳訊きとは様子がちがつていた。殆ど一人で盃を傾けていたせいもあるが、つい今まで沈んでいた練吉は僅かの間に一足とびに深い酔の中に入りこんでいた。

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